高津堂 もみぢ饅頭 宮島口 2012.08.26

夏の宮島シリーズ最終回

最後に、宮島と言えば・・・もみじ饅頭

もみじ饅頭が一般的だが、土産品として親しみをもたせるために商品によっては「もみじまんじゅう」 と

平仮名で表記するところもある。 ・・・ 紅葉饅頭 や 紅葉まんじゅう と漢字表記はどこもしていない。

略称として、「もみまん」と呼ばれることがあり、萌えもみじ饅頭 「もみまん」 が発売されるほど・・・


もみじ饅頭 の由来と歴史は、1906年 ・・・ 度々宮島を訪れている 伊藤博文公爵がある日、紅葉谷入口にある茶店に
寄り、お茶を差し出した娘の手を見て、「この紅葉のような可愛い手を食べてしまいたい」と冗談を言ったそうです・・・。

そんな公爵が、紅葉谷に訪れる際に泊まっていた宿が 老舗旅館の「岩惣」

岩惣に和菓子を納品していた、和菓子職人の 高津常助さん は、公爵の冗談話を耳にしていた「岩惣」の
仲居 おまん からの助言もあって もみじの葉を模った饅頭 の製造に取組み始めます。

試行錯誤の末、現在のもみじ饅頭の原型となる 「紅葉形焼饅頭」が明治39年に完成し販売スタート。
広島銘菓 もみじ饅頭 の誕生です。・・・明治43年に特許庁より 「紅葉形焼饅頭」 商標登録を取得。

後に、「紅葉形焼饅頭」 は 「もみじ饅頭」 と呼び名を変え、1980年前後の漫才ブームで、漫才コンビ
B&B(島田洋七:広島市出身/島田洋八:岡山県笠岡市出身)の洋七が郷土名物ネタとして もみじ饅頭を
大きな声、大げさなジェスチャー入りで自慢したところヒットして、今や広島県を代表する銘菓となりました。


長くなりましたが、ほんとの元祖のもみじ饅頭 高津堂もみぢ饅頭 がこちら・・・

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職人気質だった初代は  「技や味は盗むもの」 として一切のレシピを伝授しなかった為、二代目で一旦
製造をしてませんでしたが、2009年孫の三代目が復活させました。

全国で知られている もみじ饅頭 は機械で焼かれてますが、ココは当時と同じ手焼きで、型のデザインも
当時のまま変更してないそうです。

お店は宮島ではなく、対岸の宮島口・・・

しかも、JRや電車・桟橋通りから外れた観光客が通らない、住宅街の24時間じゃないコンビニで売ってます。
隣にもみぢ饅頭製造建屋があり、運が良かったら焼いているところ見れるかも・・・



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by hajipon-photo | 2012-09-08 23:31 | 飲食物日記